ハイエースで例幣使街道日光杉並木の旅

   

師走は誰しも慌ただしく、動いていますが、栃木県内をハイエースで行く小旅行を決行しました。
世界遺産の日光東照宮へ例幣使が通った道を辿りました。

日光杉並木と言えば、日光街道の国道119号が有名で杉並木も一番残っている街道です。
しかしその他にも、日光杉並木街道が二街道あります。日光例幣使街と会津西街道です。

例幣使

例幣使とは、徳川家康公没後、江戸時代に朝廷より日光東照宮の例大祭に派遣された朝廷の使いを奉幣使と呼びました。日光への奉幣使は西暦1617年が最初と言われています。いわゆる例幣使発遣は,宮号を宣下され東照宮と称することになりました。奉幣使として日光東照宮に発遣されたのに始まり,これより例となり毎年奉幣使が下向し,西暦1867年まで続きました。

例幣使街道

例幣使街道とは、京都から日光東照宮へ幣帛を奉納する勅使が通った道の事です。

西暦1617年、徳川家康の久能山東照宮から霊が日光東照宮に改葬されましが、その後西暦1646年からは、毎年京都の朝廷から日光東照宮への幣帛(へいはく)を奉納する勅使(れいへいし)が使わされた。その勅使が通る道を例幣使街道と呼びました。

例幣使は京都から中山道(なかせんどう)を下り、倉賀野(くらがの)(現群馬県高崎市)から群馬県太田市、栃木県佐野市・栃木市、合戦場(かっせんば)を通り日光西街道と合わさる鹿沼市楡木(にれぎ)を経て日光市の東照宮へと至りました。かつては、この例幣使街道が通る栃木の宿は、東照宮に参拝する西国の諸大名も通り賑わいました。

壬生町

まずは、壬生町に向かいまして、壬生町城址公園に立ち寄りこの旅のスタート地点としました。

壬生と言っても新撰組で一番強い男の京都伏見や壬生で有名な壬生義士伝 吉村寛一郎とは無関係ですよ。

壬生城祉、公園化された城跡

壬生城祉、公園化された城跡

後ほど詳しく書きますが、やり過ぎ感は歪めません。公園として残したことは評価出来ますがね。

県道2号や県道18号からの流入路は比較的広い道で車も充分にすれ違いが可能ですが、一歩路地に入ってしまいますと一方通行もありますが、すれ違い困難な狭小路が多い町です。兎角城下町にありがちな狭くて複雑な経路の道があるので、こちらの公園に駐車して、街中の散策をお勧めします。

暫し、公園内を探索してから出発です。

国道352号にて、ほんの少し残る杉並木を、見ながら例幣使街道を鹿沼市方面に向けて進めました。

例幣使街道杉並木壬生町

例幣使街道杉並木壬生町

壬生町内の国道352号の北関東自動車道路南付近に杉並木の名残がありました。現在は並木ではなく一本杉になっています。日光男体山が画像中心奥に雪が頂に被った状態で見えています。

道路も若干杉のためによけて通してあります。

鹿沼市

例幣使街道杉並木鹿沼市

例幣使街道杉並木鹿沼市

鹿沼市に入りました、北赤塚町には、杉並木らしい雰囲気が味わえるようになりました。

しかし鹿沼市の中心街は開発の流れで消失しているようで、中心街を抜けるまではこの地が最後でした。

更に、国道352号にて鹿沼市中心街に進めました。

まちの駅新鹿沼宿

まちの駅新鹿沼宿

まちの駅新鹿沼宿

国道121号沿いの東武日光線新鹿沼駅と鹿沼市役所の間に立地する、まちの駅新鹿沼宿に到着して、トイレ休憩をかねて、探索しました。

まちの駅新鹿沼宿直売所

まちの駅新鹿沼宿直売所

大根が格安で販売されていました。

まちの駅新鹿沼宿レストラン・休憩所

まちの駅新鹿沼宿レストラン・休憩所

まちの駅新鹿沼宿レストラン

まちの駅新鹿沼宿レストラン

地元産の木材を使用した建物はとても暖かみが感じられて良い雰囲気でした。

鹿沼市は、木工の街です。伝統工芸の鹿沼組子が有名ですよね。

参考資料 鹿沼組子 とちぎの伝統工芸 (栃木県ホームページ)

女性の名称のように感じますが、鹿沼市の伝統工芸です。

暫し休憩後、鹿沼市内の旧跡を数カ所探索して(後ほど詳しく書きます)更に北上します。

日光市

国道121号にて黒川渡り、北上しました。数キロ北上して日光市との境界付近の日光市側でやっと杉並木らしい並木に出会えました。

例幣使街道杉並木日光市

例幣使街道杉並木日光市

これぞ、日光杉並木という雰囲気が出ている並木道は、好天にも係わらず奥の方が暗く感じるそして歴史を感じる。良い雰囲気に暫し路肩の広い場所に駐車して見入りました。

並木寄進碑

そして、並木寄進碑を発見しました。

例幣使街道並木寄進碑

例幣使街道並木寄進碑

日光市と鹿沼市の境にあり旧今市市小倉にあります。

松平正綱公が杉並木を植栽して東照宮に寄進しました。その記念の石碑がありました。並木の起点となる神橋、「日光街道」、「例幣使街道」、「会津西街道」の四箇所に建立され、境石と呼ばれていたそうです。

例幣使街道杉並木日光市小倉

例幣使街道杉並木日光市小倉

時折、木漏れ日が差します、杉並木ですが、曇り空でしたら、昼間でも暗く感じます。

JR日光線の文挟駅(ふばさみえき)まで、例幣使街道日光杉並木街道を堪能して駅前広場をお借りして、帰路につきました。

あとがき

今回、例幣使街道日光杉並木を紹介させて頂きましたが、もう暫く歴史旅にお付き合いください。壬生氏とその背景を探る旅を鹿沼市周辺で、探索しましたので続けて紹介したいと思います。

 

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