長沼八幡宮「栃木県真岡市」

   

栃木県真岡市長沼の、長沼八幡宮(ながぬまはちまんぐう)の紹介です。

長沼八幡宮

鬼怒川の東にある真岡市長沼地区の、県道44号と県道316号の交差点を北進して約500mの長沼郵便局の隣に鎮座します。

由緒

西暦795年(延暦14年)に、坂上田村麻呂が東夷征伐の成功した、その帰途に、武運を感謝するため一社を造営し、誉田別命(ほんだわけのみこと)または、誉田別尊(ほんだわけのみこと)を奉斎したのが始まりと伝えられています。

西暦1063年(康平6年)に、源頼義が石清水八幡宮を勧請して、西暦1082年(永保2年)には源頼家が社殿を造営するなど源氏の篤い崇敬を得て、遠征の度に戦勝祈願や寄進などがされたと言われています。

西暦1184年~1185年(元暦1~文治1年)に、小山政光の二男宗政が、長沼庄を拝領して城を構え長沼氏を名乗り、長沼氏の守として鶴岡八幡宮を勧請したと言われています。

西暦(1193年(建久4年)に、源頼朝が長沼に宿泊した際、神夢により「加茂社(別雷尊)・春日社(天児屋根尊)の両神を祀れ」の神託を得て両神を勧請、神領五百石が下賜されました。

鎌倉御家人、さらに関東八屋形の一として勢力を誇っていた長沼氏の庇護の下、神社も栄えたが、戦乱の西暦1469年~1487年(文明1年~長享1)に、十二代長沼成宗の時に長沼城落城してしまいました。神領も没収され衰退することになりました。

江戸時代に入ると幕府から庇護され、西暦1604年(慶長9)に、徳川家より御采地十石を賜ったそうです。

西暦1643年(寛永20年)に、社頭等修営、西暦1697年(元禄10年)社殿を再興して、青銅鳥居を建立しました。西暦1787年(天明7)随身門が建立されました。

鳥居

真岡市長沼八幡宮赤鳥居

真岡市長沼八幡宮鳥居

随神門

真岡市長沼八幡宮随神門

拝殿

真岡市長沼八幡宮拝殿

真岡市長沼八幡宮拝殿内

神楽殿

真岡市長沼八幡宮神楽殿

長沼八幡宮データ

所在地栃木県真岡市長沼 長沼1083
電話0285-74-1787
称号長沼八幡宮
駐車場あり
トイレあり

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