館坂城跡と円通寺「栃木県益子町歴史探訪」

      2017/02/15

昨日の暑さも台風の影響で、昨日よりは過ごしやすい曇り空の中、雨が降る前に、早朝から益子町の魅力を発信すべく、館坂城跡と円通寺に、何時ものようにスクーターdioで愛犬連れのツーリングに行って来ました。

今年は、台風の通り道の気圧配置だそうですね、台風が近県を毎回のように襲来します、水不足を解消するには良いのでしょうが、多すぎるのは困ります。

雨の降る前に帰宅できました。

円通寺

まずは、栃木県芳賀郡益子町大沢地区の円通寺に向かいました。

円通寺由緒

大沢山円通寺は浄土宗名越派です。開基は、西暦1402年(応永9年)良栄上人によるとされています。大沢文庫を設け足利学校などと並び学問所として多くの僧を育成し、大いに隆盛しましたが、明治時代になって衰退したそうです。
円通寺の表門は開創当時の西暦1402年(応永9年)頃に建立されたと推定されています。
唐様の四脚門で、切妻造り、屋根は当時茅葺きでしたが、現在は銅板葺きに変更され、主柱と控柱は丸柱になっています。
手法は、室町時代の特徴をよく表し、国の重要文化財に指定されています。

 

円通寺データ

所在地 栃木県芳賀郡益子町大沢1770
称号円通寺
宗派浄土真宗
山号大沢山
院号虎渓院
本尊阿弥陀如来

 

国指定重要文化財円通寺表門

国指定重要文化財円通寺表門

国指定重要文化財円通寺表門

国指定重要文化財円通寺表門案内板

国指定重要文化財円通寺表門案内板

円通寺表門は、国指定重要文化財です。案内板の如く、

1402年建造で屋根は以前茅葺きでしたが、銅板に吹き替えられています。「四脚門」です。

円通寺本堂

円通寺本堂

円通寺本堂

旧家、名家が檀家に多くいて、葬儀の際のお布施は、通常のお布施の相場とは一選を画す程の、高額を納めるようです、最近はそのような高額を納める事など、通常の社会人では、あり得ませんので、脱会する檀家が居るようです。

流行の軽自動車の新車の1.5倍から2倍は、いわいる普通の人では、完全に無理ですよね。

本堂の外観を見て、皆さんどんなことを想像されますか?。

館坂城跡(石岡城跡)

円通寺の南側の山には、館坂城跡が有ります、ここからでも歩いて行けますが、南側から、入ることにしました。

芳賀広域道路(芳賀コリドール)カワチ薬品の交差点を東に1kmほどから農道の畦道を北進しました。

関東ふれあい道

関東ふれあい道

関東ふれあい道と言う遊歩道が有りますから、従って行けば到着できます。

400m×300mの広大な跡地に、土塁などの遺構が見えますが、なにせ藪で遊歩道から見る程度で、進入は困難です。
(進入禁止の看板は有りませんし、進入自体は問題有りません)

主郭北側の土塁

主郭北側の土塁

主郭と思われる、北側の土塁の更に北側は(円通寺方向)急斜面があり圧巻です。

将来、公園化して見られるようになる可能性は、大いに有るので後世に遺産を残せると思われます。

 

 

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