2007年4月7日の記録
大変な被害に遭われた地方を、記事にするのは憚れますが、記録を残すためにご容赦を
相馬へ
4月7日午前10時30分相馬に向けて出発します天気も良く暖かく絶好の行楽日和です。
途中隣町にて買い物して、水戸インターチェンジより常磐道に
普段はあまり高速道路乗らないのを心情にしておりますが、富岡インターチェンジで降ります。
普段はあまり高速道路乗らないのを心情にしておりますが、富岡インターチェンジで降ります。
被災
6号線沿線の大熊町で少々遅い昼食をとまりした、この町311の、そうです原発事故の
大熊町です。
僕の友人も、原発関係の職業に就いておりましたが、事故後退職して,未だに末就労です。
地元採用ということで多くの方が、関係職につかれていたと言います、彼のお宅に2度ほど
お邪魔させて頂きまましたが、立派なお宅で、あの豪邸に元気な内に、住めないとは何とも
複雑な思いに、胸が締め付けられます。
彼は、動物や植物の写真を撮るのが趣味で家の周りや山間部、沿岸部などによく行って
いたようですが、今は帰れない故郷に、どのような思い出過ごしているのか・・・。
相馬の海岸に到着します当地は、海苔の養殖が、盛んな所ですよね。
乾燥海苔の養殖
帰りに、乾燥海苔を沢山購入しました、味噌汁などに入れて飲むと美味しいですよ。
そして、集合場所に到着、一番乗りでした友人のFさんが船から上がり仮眠中でしたが、
バックブザーで起こしてしまいました。
釣りたての魚
早速、鮮魚を頂くことに、まずは、アイナメの刺身とメバルの炭火塩焼き、あらの味噌汁
呑まないFさんを、僕と愚妻が、魚と供に肴にしてしまい、くだらない話に、お付き合い
頂きました。
それから 午後5時ごろ Kさん到着、暫くして、Hさん到着しますそして、愚妻を宴に
残して、9時過ぎに一時仮眠、後に 明1時30分頃、起床Nさん・Tさんが、すでに到着されていました、目覚めのワインで、宴に参加します。
結局3時30~4時頃まで、盛り上がりました。
朝起きたら、Hさんは、帰られた後でした、そんなに早くお帰りでしたらもう少し、
眠さを我慢して、お付き合いすれば良かった。
Cさん到着 それから NOさん到着
ハイエース談義に、花が咲き時間の過ぎるのは、あっと言う間です。
午後3時解散となりました。
ハイエース談義に、花が咲き時間の過ぎるのは、あっと言う間です。
午後3時解散となりました。
幹事のF さん、何から何までお世話になり、大変ご苦労様でした。
集合写真です200系ハイエースの友人たちです、僕のハイエース以外こハイエースは
ビルダーの製作品です。
この橋も、震災の大津波が橋の欄干まで達したそうです。