栃木県芳賀郡茂木町の高岡城跡現在は、日枝ノ神神社(ひえだのかみじんじゃ)の紹介です。
高岡城跡(日枝ノ神神社)
茂木町の南部、県道206号線と芳賀広域農道が、交差する木幡交差点の北東側の山一帯が城址です。
現在は、日枝ノ神神社になり、整備されていまして、歩きやすいです。
この地は、道の駅「もてぎ」から約1.5km南に位置します。
佐竹氏と益子氏
諸説ありますが、一説には佐竹氏配下(後に秋田に国替えさせられた佐竹氏)の茂木氏の隠居城であったとか、しかし西側に逆川ががあり対岸に木幡城がありました、あまりにも近距離では、隠居になりません。
木幡城は、益子氏(下野)と高岡城は、佐竹氏(常陸)普段から敵対関係の両氏の緊張地帯に、隠居城はあり得ません、依って前線の物見の城の位置づけたと思われます。
日枝ノ神神社
鳥居をくぐり歩いて行きましたが、城跡(神社)の北側には畑があり農作用車が入れる舗装道路がありましたが、良い運動になりますから苦になりません。
一歩一歩、歩むのも、旧跡巡りの良さですからね。
神社の境内まで、上りると綺麗に刈りとられた、芝草の上で暫し休憩しました。
階段脇の南側には、くっきりと土塁が残っています、堀切であったと思われます、高さ4メートルの傾斜のきつい、切岸となっています。
高岡城跡
本丸(主郭)、二の丸(二郭)、三の丸(三郭)は東側にありますが、窪地の先に登り口があり、小口(虎口)に見えるのですが、ここで断念です、藪と草の実が茂り、実が付いて粘ついて、しまい前進は不可能です。季節を考えないといけません、冬が良いと思いますが、狩猟期間前に入るべきです、イノシシと間違われて、命日になります。
本丸を中心に、東に二の丸、西側に三の丸だったようです。
城跡の大きさは、東西80メートル、南北30メートル程度の広さがあり、西に傾斜して2段構成。
三の丸より西と、この日枝ノ神神社の境内までは、家臣の住居があったと考えられていて、この境内は出丸であったという、これが有力な説のようです。
所在地 | 栃木県芳賀郡茂木町北高岡 |
電話 | 0285-63-5671(茂木町役場代表電話) |
駐車場 | なし |
トイレ | なし |