5月16日喜多方市は道の駅利用が主でしたが、今日は観光をします。
蔵とラーメンと歴史の町喜多方
喜多方といえば、ラーメンと蔵の町ですね、まずは蔵のある風景を見学します、道の駅から県道333で南下して、旧市街地に現存する蔵の立ち並ぶ街並みを、見学しようとしましたがあいにく近くに駐車場が見つかりませんので、車で通過しながらの見学です。
町並み保存
現役で使用しているので、メンテナンスが大変でしょうが、町並み保存のために頑張っていただきたいですね。
熊野神社と新宮城址
そこから、車では近い喜多方蔵の里に行ったのですが、開館時間にはまだ早く残念ですが、移動しました。
次は、熊野神社と新宮城址に向かいます。
訪れた人を圧倒する吹き抜けの豪壮な拝殿。
国指定重要文化財の「長床」は、熊野神社の拝殿として平安末期に建立された寝殿造の建物。境内にある樹齢800年のご神木・大イチョウが四季折々に「長床」を彩る光景が見事だ。
見事です、壁が無い構造の建物を、維持する事がどんなに大変か等と思いながら、見入りました。

長床1

長床2

長床3
記念撮影をしたり、暫し物思いにふけました。
すぐ近くに、新宮城址の看板あったので行ってきました、駐車場付きです。
南北朝期から戦国期にかけて葦名氏は宗家と庶家、または庶家の間で争いが絶えず新宮氏はその中で頭角を現しますが応永27年(1420)に主家・葦名氏に攻められ城は落城します
その後、新宮氏は越後の落ち再起を図ります葦名氏の拠点・津川城(新潟県)を攻めるも返り討ちにあい新宮氏は滅亡します※この城は15世紀前半までの城として貴重な城であります。
参考 喜多方市史4巻/資料編1 現地案内板

新宮城跡
以前は耕作していたでしょうが、今は荒地となっておりました、平城の運命でしょうか、これが現状です。
柳井津の温泉
まだ温泉入浴の時間には、早いのですが柳井津の月見ヶ丘町民センターにて、昼温泉と堪能しました。
こちらの温泉も、温泉博士にて無料で入浴できました。
道の駅あいづ湯川・会津坂下
柳井津から、国道49号を東進して、道の駅「あいづ湯川・会津坂下」にてご当地グルメのソースカツ丼を食べました、熱々で、衣を固めに揚げて、特製のソースがふんだんにかけてありました。
実は、味の濃いのは覚悟していましたが、僕には甘すぎました、でも美味でしたよ。

道の駅あいづ
田園に立地
新しい道の駅は、綺麗でいいです、機会があったら、夜間休憩したいですね、しかしこの日は風が強くて、立っているのが困難なくらいです、川沿いの田園風景ですから遮るものがないので凄いことになっていました。
帰路に就く
福島・山形の旅もあと一日を予定しておりましたが、下り坂の天候には勝てません、帰路に就くことにしました。
道の駅から国道49号に乗らずに、県道33号にて会津若松市街地を迂回して河東で国道49号に合流して、国道294号に乗り天栄村方面に向けて走りました。
天候変化が激しい山中
この風が、下り坂の天候の序章だったのでしょうか、須賀川市の山中では、だんだんと晴れ間なくなり、雲が風に乗ってやってきて、気温の低下と共に、小粒の霧状の雨が、フロントガラスに付き始めました。
天栄村
そして、天栄村の道の駅「季の里天栄」 にてトイレ休憩をしますが、風が強くて気温低下で、散歩などはとてもできません、即出発しました。
白河市関所跡
そして、白河市入りすると、若干天気は回復傾向になりました、まっすぐ帰るのもまだ早いので、白河の関を見学してからにしました。
白河市内から、栃木県堺の峠の北側から東の山中に入り、数キロ走ると関所跡地がありました。
公園化されていて、駐車場も完備されていて、時間のたっぷりある時に行きたいところですね。

白河の関
栃木県入り帰宅
そして、同じ道に戻らずに、棚倉方面にでて、栃木県入りして道の駅「東山道伊王野」に再び寄りました。
やや県堺の道が、未整備のため狭小路があり、すれ違い困難な場所かありました。
新鮮地元野菜を、心おきなく購入して、帰路につきました。
あとがき追記
エシャロットを2パック購入して、お摘みにしましたが、残った茎の部分を、大方のご家庭では廃棄処分しますが、我が家はそんな勿体ない事は絶対にしません。
フライパンに油を敷いて、みそ又は、醤油で味付けして、炒めて食べます、ベストな食べ方です、ごみ減量は勿論の事、大変美味しいですよ、是非お試しくださいませ。