伊佐城跡(観音寺・古墳)「五行川沿線」

   

8月1日の話です、今年の梅雨は長く続きましたが、連日大気が不安定で、梅雨明け10日とよく言われますが、今年は当てはまらないようです、午後は毎日のように雷雨によるにわか雨に見舞われていますね。

大気の不安定も、一段落したようで夏本番の焼けるような暑さが、数日は続きそうです、午前中の暑くなる前に、何時ものように愛犬を連れて、スクーターdioでツーリングに行きました。

先日の記事で紹介した八木岡城祉と久下田城祉と刀剣博物館「五行川沿線」 の続きで、刀剣博物館付近の五行川堤防を、南下して筑西市方面にツーリングを開始です。

五行川堤防(付近)ツーリング

前記事でも述べましたが、五行川堤防路は、サイクリングロードになっていますから、バイクは走行不可です。

農道をツーリング

しかし、水田と堤防の間には、農事用の道路が整備されています(農耕車以外不可ではありません)から、気持ちよくスイスイと水田からと川面からの涼風が、ミックスされて何とも、心地が良いです。

筑西市の五行川の農道

筑西市の五行川の農道

こんな長閑な、真っ青な空に向かうが如く、農道が続きます、何とも幸せを感じながらのツーリングになりました。

暑さの勢か、農作業の軽トラックも路上駐車されて無く、大自然を愛犬と二人締めです。

五行川堤防公園

暫く走行すると、綺麗に下草を刈り込んだ、土手を発見しました、城跡の土塁を復元したかのような、雰囲気が漂います。

早速、停車して散策しました。

筑西市五行川堤防公園

筑西市五行川堤防公園

おそらく、種を蒔いたのでしょう、素晴らしく密集して生え揃い、雑草があまり混じって居ませんでした。

筑西市五行川堤防公園2

筑西市五行川堤防公園2

広さは、目測で約100m×20mです。

筑西市五行川堤防公園3

筑西市五行川堤防公園3

踏み荒らさないように、端の方で愛犬だけ入れて撮影しました、花の香りは、甘い香りではなく、なんとも不思議な香りでした、けして嫌になる香りでありませんがね。

筑西市五行川堤防公園ミツバチ

筑西市五行川堤防公園ミツバチ

妙に小さい体型の蜜蜂が花蜜を盛んに、吸い取っていました、この大きさからして、日本蜜蜂ですね。
時間を忘れて、長時間日本蜜蜂の行動観察と、愛犬はひとり散歩を楽しみました。

よく子供の頃は、捕まえて両手の平にの間に入れて、遊びましたよ蜜蜂が暴れるのがくすぐったくて、気持ちよかったです。刺されたことは一度のありませんでした蜜蜂が刺すときは、一生を終わるときですから、最後の手段の時だけなんですよね。

伊佐城跡(観音寺)

つぎは、目的地の伊佐城跡、現在の観音寺に向けて出発です。

筑西市五行川から伊佐城跡

筑西市五行川から伊佐城跡

五行川の東側から、撮影しました木が生い茂っている場所が、伊佐城跡現在の観音寺になります。

伊佐城跡(観音堂)入り口

伊佐城跡(観音堂)入り口

橋を渡って、伊佐城(観音寺)入り口に到着しました。

観音寺本堂

観音寺本堂

城跡に神社仏閣を建立するのを好ましく思わない僕ですが、この本堂は圧巻です凄いの一言に尽きます。

観音寺本堂は筑西市指定文化財だそうです。

 

観音寺本堂軒下

観音寺本堂軒下

観音寺本堂軒下北東方向

観音寺本堂軒下北東方向

藤原秀郷が平安時代に五行川沿いに築城しました、歴史に登場するのは、南北朝時代です、真岡の中村氏がこの地に移り伊佐氏を名乗ったそうです。

その後奥州に領地を貰い移り伊達氏を名乗りました、そしてここに移った伊達行朝は南朝に組し北朝側と戦ったが高師冬軍と戦ったが敗れて、北朝側に降伏しまた。

伊達行朝の供養塔

伊達行朝の供養塔

観音寺本堂の裏手に、伊達行朝の供養塔がありました。

観音寺本堂の裏手の古墳

観音寺本堂の裏手の古墳

更に観音寺の裏には、古墳が有りました、この古墳も城の一部に利用された様で、上部が削られていました。

関連記事

中村城跡(編照寺)と寺内さくら公園

 

スポンサーリンク

 - 歴史探訪