今日は、午前8時ごろ暑くならないうちに、何時ものようにスクーターdioで出発しまし。
長袖シャツでも寒気がしました、しかし日が高くなるにつれ、やはり梅雨明け前でも、暑くなりました。
中村城跡(編照寺)
栃木県真岡市の真岡第2工業団地本田技研工業南側の、細い道路を西進して、小さい坂を下り上る手前を、南に曲がり、豪勢な旧家の黒い板塀沿いに西進すると、編照寺の門柱が見えてきます。
その地が、かつての中村城になります。
編照寺
遺構を見学する前に、本堂にお参りしてからにします。
如意山 寶珠院 遍照寺(へんじょうじ)
宗派 真言宗 智積院直末三色談林中本寺
蓮の花が、鉢植えにされていて、高くそびえていました、空中にこんなに丈が長い蓮の花は初めて見ました。
仏閣には、珍しく所狭しと花が鉢に植えられていました。神社や仏閣の境内は、広い空間があるのが常ですがね。
蓮の花のほかに、多くの種類の花が鉢に植えられていました。
不動堂、永禄年間(約450年前)結城晴朝公寄進の真岡市指定文化財です。
中村城跡
中村城跡(編照寺)東側土塁と空堀まで愛犬と散歩しながら来ました、綺麗に下草刈りがされておりました。
とかく、夏場は草刈りが間に合わずに、刈る後から伸びてきますから、大変な作業になります。
現に、本日も反対側の堀を草刈り機で、草刈りを作業されていました。
さらに、本堂入り口前を通過して、西側を歩いて城跡の北東方向から撮影しました。
城跡二重土塁の内堀を、東方から西方向を撮影しました。杉の木が少々邪魔していますがね。
190m×180mのほぼ長方形の周囲には、土塁空堀が今でもはっきりと残っています。
築城は、鎌倉時代源義朝の頃1156年だそうです、当時は奥州の伊達家との関係が深かったようです。
変遷はありますが、室町末期には中村氏は宇都宮市に従い活躍したとのことです。
中村城跡を後にして、真岡市第4工業団地内にある寺内さくら公園に寄ります。
キノコの畑
途中の畦道の休耕地にキノコの大群を発見しました。
ナラタケにそっくりです、見た目も、臭いも、手触りも、そっくりですが、食べたら大変なことになりますよね、ナラタケならぬ奈落の底に落ちるですかね。
なぜ、こんなに大量発生するかはですね、休耕地の雑草繁殖防止に、薬剤散布を控えるために、木材チップと木材繊維をかなりの厚みで、引き詰めてあります。
よって、自然に飛んできた菌種が、繁殖してキノコの山のできあがりです。
そうすることにより、雑草繁殖は緩和されますが、経年劣化で肥料化してしまいます、また新たな対策が必要になりますがね。
木材チップは、街路樹の枝伐採材や公共施設の樹木の枝伐採材を市役所が業者に依頼して木材チップに加工して、希望者(農家)に無料提供しています。
寺内さくら公園
土曜日だというのに、誰も居ない公園で、愛犬まぁこと散歩しました。
まるで、ゴルフ場の様な雰囲気の芝生が、綺麗に刈り込んであり気分が良い散歩が出来ました。