上山田温泉から東御市「長野旅」

   

上山田温泉のかめ乃湯で、硫黄泉を堪能してから、上田市を経由して東御市まで移動しました。

上田市から国道18号を利用して、東進し東御市の道の駅雷電くるみの里を目指していました。しかし東御市を過ぎ小諸市に入っても道の駅には着きません。何度も雷電くるみの里を利用していますが、国道18号沿いにあると勘違いしていました。県道79号沿いだったのを忘れていました。

やっと気づき、県道79号線に乗り、逆戻りです。すると道の駅に近づいてきたときに、戌立石器時代住居跡(いんだてせっきじだいじゅうきょあと)の案内板を発見、これは良いところを発見しました。(災い転じて・・・ですね)

戌立石器時代住居跡(いんだてせっきじだいじゅうきょあと)

戌立石器時代住居跡は、西沢川と大石沢川にはさまれた丘陵地の上にあります。 昭和5年(1930)、小規模な発掘を行ったところ、敷石のある竪穴住居 跡や炉跡の他に、獣骨片・土器類・磨製石斧・石鏃など多数の出土品が発見されました。隣接の「寺の浦遺跡」(現小諸市井子)と共に昭和8年(1933)文 部省の指定史跡となりました。この時、遺跡の破壊を防ぐのを兼ねて、復元家屋が建てられました。発掘された遺構に復元施設を設けたのは日本で最初のものと 言われて、全国から注目を集めましたが、落雷によって焼失してしまいました。

昭和58年(1983)、59年にわたって、遺跡範囲確認調査が行われました。その結果、文部省の指定史跡(約435平方メートル)となった 石器時代住居跡をほぼ中心として、東部町分で約63,000平方メートル、小諸市にわたる部分まで含めると、80,000平方メートル以上におよぶ大遺跡 であることが明らかになりました。

この遺跡は、縄文時代中期から後期中頃までの遺跡と考えられています。この一帯は、日尻沢の谷口にあたる扇状地上で、南面するゆるい傾斜面です。日当たりがよく乾燥地ですが、近くに川が多く、生活水を得やすい、便利な居住だったと思われます。

なお、現在の復元家屋は、昭和63年(1988)に地元の人々により再度復元されたものです。

東御市ホームページより

駐車場は、見あたりませんが、入り口付近に駐車しました。新しい道は、広くて車の通りもほぼ無いので、短時間で去るつもりで駐車しました。

戌立石器時代住居跡入り口

戌立石器時代住居跡復元住居

この手の施設は、最初だけ整備すれども、後が放置気味になりがちですが、草も良く刈り取られて、見学は気分良くできました。

そして、古代ロマンを堪能した後、道の駅雷電くるみの里へ移動します。急な坂道を降りて、県道に出れば、看板と駐車場が見えてきます。

道の駅 雷電くるみの里

当日は、土曜に連休の初日は大変な混雑でした。駐車場はほぼ満車で、大型駐車場まで乗用車で埋まっていました。

道の駅雷電くるみの里駅舎

近くで、ツツジ祭りが開催されるとのことで、こちらを利用する方が多かったようです。

温泉も入ったことですし、日差しが高い位置から降り注いでいますが、宴の時間となりました。

 

 

 

 

 

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