尾羽館(綱神社・大倉神社)「栃木県益子町」

      2016/09/22

大気の不安定な夏空が続きますね、夕方雷雨にでもなれば、涼しくなりますが、降りそうで降らないので、蒸し暑いです。

あまり暑くなる前に、何時ものようにスクーターdioでツーリング散歩に愛犬連れて行って来ました。

少しでも、涼を求めて山間部の、巨木から放たれる涼風を味わってきました。

栃木県芳賀郡益子町上大羽の、宇都宮家墓所のすぐ近くの尾羽館跡に行った来ました。

宇都宮家墓所

まずは、宇都宮家墓所を散歩します、日当たりが良くて暑くて長く留まれませんでした。22代当主まで葬られました(徳川より長い)

宇都宮家墓所

宇都宮家墓所

配置が最初は当然初代が一番奥の中心ですが、数代後には並びが、理解不能です長く続くと予想しないで順番を決めたのでしょうか?、見ていると複雑です。

尾羽館跡

そして、尾羽館跡に移動しました、諸説有るようですが、宇都宮家の家臣の尾羽氏が、墓所の守護として住む館であったようです。

尾羽館跡入り口

尾羽館跡入り口

長い参道は、薄日が少し差していますが、暑さは感じません多少の湿度は有りますが、涼しいです。

尾羽館跡遺構

尾羽館跡遺構

一部の遺構

参道を振り返り撮影しました、参道自体が堀切の様に思えます画像左手には草が生い茂っていますが、はっきりと土塁の一部が確認出来ます。

涼しい参道

立ち止まり汗が、止まると時折巨木の欅、茅、くぬぎなどの間から涼風がそよそよと吹き、何とも良い気持ちです。

綱神社大倉神社鳥居

綱神社大倉神社鳥居

急な階段を上らなくては、綱神社と大倉神社にはたどり着けませんから、少し涼風で冷まして、一気にのぼりました。

国重要文化財の綱神社

国重要文化財綱神社

国重要文化財綱神社

 

登り切った正面に国重要文化財の綱神社があります、かやぶき屋根の神社は、最近では珍しくなりましたね。(正面三間、室町初期の建立だそうです)

国重要文化財の大倉神社

国重要文化財大倉神社

国重要文化財大倉神社

左隣に同じく国重要文化財の大倉神社があります。(正面一間)

国重要文化財ですから維持できるのですよね、地区の有志だけでは、このような状態は維持できません。

涼しくて良いのですが、虫が多くて大変です、蚊にされて痒くてたまりませんよ。

益子町の南東部、上大羽地区に地蔵院、綱神社の地付近にありました。
この地蔵院と綱神社の謂れ、以下のとおりである。
下野国司藤原行房から建久5年(1194、建久3年説もある。)、宇都宮朝綱が公有の田を私有化した罪で幕府に訴えられ土佐国に流された。
しかし、土佐の加茂明神に願をかけたおかげでその年の内に帰国を許された。
帰国後、家督を孫の頼朝に譲り、この地に隠棲し尾羽寺を建立、(今の地蔵院の地ではなく、宇都宮家墓所の東側という。なお、地蔵堂は尾羽寺の阿弥陀堂であったという。)して宇都宮家の菩提寺とし、さらに隣地に土佐の加茂神社を歓請し、綱神社を創建したと伝えられている。
その朝綱がここに隠棲する前、宇都宮氏の家臣、益子氏系の尾羽氏がここに館を構えていたといい、それが今の地蔵院、綱神社の地であったのか、北側の尾羽寺跡か分からない。
ただし、地蔵院の北側には土塁が存在する。

関連記事:鹿島神社(市街地)と八幡神社(山間部)現状

 

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